野楽力研究所

近くの自然で野楽力を高めましょう

区立新宿中央公園・・・令和6年3月7日

 本日の夕方から天気が崩れるとの予報。急遽、自然が無いと思われる都心に自然を求めて訪れました。園芸品種ばかりのようですが、隅には野草が頑張っています。小さいですが、ビオトープも設置され、区民の皆さんに自然に触れられる機会を提供しています。定番のナズナホトケノザフキノトウが見られました。ハクモクレンの蕾が大きくなり始めています。今日の様子です。

(↑上の写真)左=公園から見上げた都庁第一、第二本庁舎。中=彫刻「瞭(りょう」。右=「新宿白糸の滝」(人の高さの左右に広がる滝)

(↑上の写真)左=管理棟前の花壇。中=ポピー、右=ルピナス

 ルピナスマメ科ルピナス属。地中海沿岸地方と南北アメリカ南アフリカなどに分布し、日本では、明治期に緑肥用作物として導入された。ヨーロッパで園芸植物としての栽培が始まったのは近世になってからという。花は、春から初夏にかけて総状花序の蝶形花を多数咲かせる。耐寒性はあるが、暑さに弱く、暖地にはあまり合わないという。(Web:『ウィキペディア』から引用翻案)

(↑上の写真)左=白妙菊(ダスティーミラー)、中=デージー、右=待雪草(スノードロップ

 シロタエギク(白妙菊)はキク科キオン属。南ヨーロッパ(地中海)海岸地帯原産の常緑多年草。現在は広く世界に広がっているということです。茎や葉は緑ですが白い繊毛があり、白銀色に見えます。日本では、6月~7月頃に黄色い一見ハハコグサに似た花が開花します。花壇では他のカラフルな花を引き立てるための引き立て役として植えられるようです。英語名はダスティミラー Dusty miller(粉まみれの製粉屋さん)ということ。はじめDusty mirror(埃まみれの鏡)かと思い、変に納得していましたが、millerでした。

(↑上の写真)左=リナリア・マロッカナ、中=ラッパスイセン(喇叭水仙)、右=ツルコザクラ(蔓小桜)

 ツルコザクラ(蔓小桜)はナデシコ科サポナリア属(サボンソウ属)。地中海沿岸からアルプス・ヨーロッパにかけての日当りのよい岩礫質土壌に自生する多年草で、草丈は10~20cm程度、よく分枝し、匍匐横走し、マット状に広がるようです。芝桜のように見えましたが、一回り大きく丈夫そうに思われました。(各種Web「GKZ植物事典」などを参照、引用翻案しました。)

(↑上の写真)左と中=ジンチョウゲ沈丁花)、右=サンシュユ

 ジンチョウゲ沈丁花)はジンチョウゲジンチョウゲ属。中国中部から雲南、ヒマラヤにかけて分布する雌雄異株の常緑低木。自生地は判っていないようです。日本へは室町時代またはそれ以前に雄木のみ渡来していましたが、近年雌株が移入されるまでは挿し木で増やしていました。上掲左写真の白い花は白花沈丁花といわれ、中写真のように花の外側が淡紅色になっているものを薄色沈丁花といわれます。花には、ジンチョウゲ属のオニシバリやナニワズと同じように、花弁はなく、花弁のように見えるのは萼で、筒状の肉質の萼(萼筒)の先が4裂して広がり、花弁のように見えています。諸田玲子著『今ひとたびの、和泉式部』に「わたし(江侍従)は母(赤染衛門)に頼んで上東門院(上東門院彰子)に会いに行くことにした。どうしても和泉式部の謎を解きたかった。7月、秋たけなわの午後、牛車の簾戸を細く開けて大路を行けば、涼風とともに沈丁花の香りが流れてくる。私は母の看病を理由に宿下がりをしていた。」とあります。沈丁花が雰囲気づくりに重要な働きをしていますが、季節が解せないでいます。

(上の写真)左=ハクモクレン。中=トサミズキ。右=白梅(「銀世界」)

 白梅「銀世界」について】ここ新宿中央公園の白梅「銀世界」は、明治13年頃、新宿角筈に「銀世界」と呼ばれる梅林がありました。明治の終わり頃、その地が東京ガスに買収された時、梅林「銀世界」にあった梅の木は都立公園などに移植分散されたそうです。そのうち芝公園に移植されていた梅の木を、地元や農業試験場の協力で、接ぎ木をして育て、その苗木を平成13年12月、ここに5本、公園大橋を渡った東側法面に15本が植えられたということです。その時のものが、ここの白梅「銀世界」ということです。梅林「銀世界」で白梅を愛でた明治の人々の気持ちが伝わってくるようです。

(↑上の写真)左=ヤブツバキ(藪椿)、中=ユキヤナギ(雪柳)、右=アセビ(馬酔木)

 ヤブツバキ(藪椿)はツバキ科ツバキ属。「APG牧野植物図鑑」によると「日本各地に分布する常緑高木。晩秋から春、枝端に1~2の花をつけ、花弁は5~6枚、雄しべは合着して筒状を成し、花後、花弁と一体となって落下する」とあります。日本に自生する椿の標準和名はヤブツバキとされています。鈴木るりか著『落花流水』に「藪椿だよ。川上に藪椿の森があるから」おにいちゃんが花を目で追いながら言う。藪椿は時々くるくると踊るように回りながら流されていく。「落花流水」「えっ」なにを言われたのかわからなくて聞き返す。「落花流水。散った花が水面に落ちて流されていく。春が過ぎていく、歳月が流れていくってことだよ」「(その場で書いた毛筆)落花流水。どれもまだ(水咲ちゃんには)読めないと思うけど、この中に僕の苗字、落合の落、水咲ちゃんの名前、水咲の水の字が入ってるんだよ」指をさしながら言う。」(二人の運命を占っている様でしたね。)

【↓ビオトープにて】

(↑上の写真)左=ビオトープ入口、中=トクサ(木賊)、右=クサイチゴ(草苺)

 トクサ砥草木賊)はシダ植物門トクサ科トクサ属。『牧野新日本植物図鑑』によると「やや涼しい地方の山間谷川辺等に自生し、また観賞用として植えられている多年生草本。地下茎は短く横に這い、地面付近で多数に分枝し、その節から地上茎を直立する。茎には多量の珪酸塩を含み、表面は硬く、またざらつき、木材、角、骨等を磨くのに使う。日本名砥草、つまり砥石代用の草の意味」とあります。木賊は漢名。水上勉著『越前竹人形』に「はじめての品出しやさかいな、人形の出来が気にかかるのんや。あんた(妻の玉枝)すまんけど、わいが仕上げする尻から、とくさで磨いてくれへんか」玉枝はうなずいた。磨きと称する仕事は女でもできた。玉枝はこれまでにも、喜助に教えられて、菓子器や、茶器の蓋磨きを手伝ったことがある」とトクサが砥石のように研磨に利用されていた様子が描写されています。

(↑上の写真)左=ヤエムグラ(八重葎)、中=ヨモギ(蓬)の若芽、右=ノゲシ(野芥子・野罌粟)の芽出し

【↓園内の野草】

(↑上の写真)左=ナズナ(薺)、中=ホトケノザ(仏の座)、右=フキノトウ(蕗の薹)

(↑上の写真)左=ハルジオン(春紫苑)、中=オオイヌノフグリ、右=ノボロギク(野襤褸菊)

 ノボロギク(野襤褸菊)はキク科ノボロギク属。『APG牧野植物図鑑』によるとヨーロッパ原産で明治初期に渡来した帰化植物、各地の道端、空き地に生える1・2年草(越年草)ということです。どんな花が咲くのかな?と開花するのを期待して待っているといつの間にかタンポ果になっていて、がっかりさせられます。このガッカリ感をボロと表現したのではないかと思います(野楽力研究所の解釈)。越年生ということで陽溜まりでは春早くからタンポ果ができています。仲間にはダンドボロギク、ベニバナボロギクなどがあります。

(↑上の写真)左=シロバナタンポポ(白花蒲公英)、中=ハキダメギク(掃溜菊)、右=イヌホオズキ(犬酸漿)

 シロバナタンポポ(白花蒲公英)はキク科タンポポ属。『APG牧野植物図鑑』によると、「東北地方南部以西から四国、九州の道端や人家の近くに生える多年草」とあり、Web『ウィキペディア』には、「本州関東以西、四国、九州に分布し、西の方ほど多い」とあります。東北地方南部か関東地方南部か微妙です。いずれにしても日本在来種で2月~ 5月にかけて咲くということです。東京地方ではあまり見かけませんでしたので関西のものが東京まで進出していると思っていましたが、結構、東京にあっても当たり前かも知れません。関西以西に在住の方はタンポポの花は白いと思っている方が多いようです。多田多恵子著『したたかな植物たち』によると「シロバナタンポポは単為生殖をすることが知られている」と、またWeb『ウィキペディア』によると「シロバナタンポポは、他の日本在来種の主なタンポポとは違い、5倍体で単為生殖が可能である」とあります。単為生殖が可能ということであれば、今後、現在ある株が親となり、単為生殖でどんどん増加していく可能性があります。東京でもシロバナタンポポが珍しい存在ではなくなるかも知れません。気をつけて観察を続けたいですね。

【↓その他】

(↑上の写真)左=春らんまん幟、中=ネモフィラ、右=由緒のある六角堂

 六角堂標高45mの富士見台と呼ばれる富士山が西方に展望できる展望台にあり、そこにあった淀橋浄水場時代のものを補修して残したもの。担当者が、ここで来場者に浄水場の全景を展望してもらい、浄水場の役割などを解説したところ。当時も面影を残す唯一の建物。