野楽力研究所

近くの自然で野楽力を高めましょう

都立小宮公園・・・令和8年10月15日

 このところ晴天が続き、まだ日差しは厳しいですが、空気は乾燥し、時折、爽やかな風も吹いて、秋がかなり近づいてきました。紅葉も間もなくと思います。ここ小宮公園では草花は少ないですが、それを補うように色とりどりに実をつけています。自然の雰囲気を大事にしているので、カメラの被写体として推奨できるようなものはありませんが、それが自然というものでしょう。今日の小宮l公園の様子です。

(↑上の写真)左=入口表示の大石、中=入口、右=オオハナワラビ(大花蕨)・・・似ているフユノハナワラビは、葉の縁の鋸歯がなく葉縁はなめらかですが、上掲オオハナワラビの葉縁には長い鋸歯があって「あまり剃らないおやじのあごのひげ(髯)」のように鋸歯が長めに生えています。そのあごひげのような鋸歯だったらオオハナワラビです。上掲写真をクリックして拡大すると、その特徴が多少感じ取れると思います。花のように見えるものは胞子葉、鋸歯のある葉の方は栄養葉と呼ばれています。

(↑上の写真)いずれもアズマヤマアザミ(東山薊)

 アズマヤマアザミ(東山薊)はキク科アザミ属。『APG牧野植物図鑑』によると「関東から中部地方の山地に生える多年草」とあります。関東地方ではたくさん見られます。他のアザミとの一番の区別点は、花に花柄がなく茎にくっついていること、そのような状態で2~3個の花がついていること、です。上掲写真はどれもその様子が写っています。

(↑上の写真)左と中=アキノノゲシ(秋の野芥子)、右=ユウガギク(柚香菊)

 今回、アキノノゲシはちょっと時期が遅かったようで、花も葉も汚れていました。盛りの時には、淡い黄色のタンポポのような花と緑の薄い葉とすらっと伸びた草姿が背筋の伸びた貴婦人を思わせます。今回はそのようなすがたが見られず残念です。上掲写真から想像して下さい。

(↑上の写真)いずれもシロヨメナ(白嫁菜)

(↑上の写真)いずれもツリフネソウ(釣船草)

(↑上の写真)左と中=トリカブト(鳥兜)、右=リンドウ(竜胆)

 トリカブト(鳥兜)はキンポウゲ科トリカブト属。トリカブト(鳥兜)は花の形が舞楽の伶人の冠に似ることからつけられたといわれます。Web『ウィキペディア』によると「トリカブトはドクウツギやドクゼリと並んで日本三大有毒植物の一つ。トリカブトは、トリカブト属の総称。日本には北海道から九州にかけて30種以上が知られ、主に低山から亜高山帯の明るい森林や草原の、やや湿った肥沃な土壌に生育している。トリカブトは普通に見かける山野草だが、種にもよるが致命的な毒性を持ち、狩猟や薬用に利用されてきた(引用は翻案)。辻堂魁著『(風の市兵衛)雷神』「(磐栄屋=いわさかや=の主人)天外が物心ついた時には、親兄弟はすでにいなかった。「おまえのおとんとおかんと、あにやんとあねやんは、とりかぶとの根を食って死んじまったのだ」正丸峠を初めて越えた6歳の夏の初めの、そのどれくらいかもわからないずっとずっと以前、孤児の天外を引き取った村名主から、天外は聞かされていた。水汲み、薪運び、桑の枝摘みと蚕に葉を食わせ、母屋の雪隠の掃除や馬小屋の掃除をするのが、幼い天外が、村名主の家でわずかな飯を与えられる代償に言いつけられた役割だった。」磐栄屋は、内藤新宿にある呉服太物問屋でした。孤児の天外は厳しくしつけられましたね。

(↑上の写真)左=コウヤボウキ(高野箒)、中=シラヤマギク(白山菊)、右=ノダケ(野竹)

(↑上の写真)左と中=ヤブマオウ(藪苧麻)、右=メヤブマオウ(女)藪苧麻

(↑上の写真)いずれもノガリヤス(野青茅)

 ノガリヤス(野刈安)はイネ科ヤマアワ属。『APG牧野植物図鑑』によると「東アジアの温帯の各地林野の陽地に広く生える多年草。高さ1m位、細長く強硬。葉は表裏転倒し上面が灰緑色」とあります。この時季、イネ科のものとして、白っぽくなった大きな花穂が目立ちます。葉は、葉の根元付近から表裏逆転していることが多いです。葉が硬いので鋸歯は結構痛い。和名野刈安は、Web『野山の草花・木々の花』によると「黄色染料に用いられるイネ科のカリヤス(刈安)に似ていることから」名づけられたということです。

【↓以下いずれも実】

(↑上の写真)左=フジカンゾウ(藤甘草)、中=オトコエシ(男郎花)右=ウバユリ(姥百合)

(↑上の写真)左と中=マユミ(真弓)、右=ニシキギ(錦木)

 マユミ(真弓)はニシキギ科ニシキギ属。別名ヤマニシキギ。沖縄を除く日本各地の山野に自生する落葉低木。図鑑によっては雌雄異株とし、雌木だけでも結実すると書いてあるものもあります。Web『NHKみんなの趣味の園芸』には「マユミは、雌雄異株とする情報もありますが、雌しべが短い花をつける個体があり、結実しにくい傾向があるだけなので、雌雄同株とするのが妥当です。」とあります。Web『植木ペディア』には、「枝には柔軟性があり、よくしなるので弓の材料になったことが縄文時代の遺跡によって証明されており、『真弓』と名付けられた」とあります。湯浅浩史文『花おりおり』には、詩人、村次郎の説が紹介されています。「丸く膨らんだ実は種子を包む。それが繭を思わせるので、「繭実」だというのである。」それぞれ自分なりに名前の由来を創作して愉しむのもいいかも知れませんね。

(↑上の写真)左=クサギ(臭木)、中=ガマズミ(莢蒾)、右=風景

(↑上の写真)いずれもカマツカ(鎌柄)

 カマツカ(鎌柄)はバラ科カマツカ属。別の標準和名はウシコロシ。『APG牧野植物図鑑』によると「各地の山野に生える落葉低木ないし小高木。葉は長さ4~10cm。花は春、径8~9mm。和名は材が丈夫で折れにくく、牛の鼻に綱を通すときの木に用いられ、牛にとっては苦しみなので牛殺しの名がある。一名カマツカは鎌の柄を言う。」とあります(引用一部翻案)。

(↑上の写真)いずれもハナミズキ(花水木)

都立神代植物公園・・・令和8年10月9日

秋晴れの中、都立神代植物公園を散策しました。取り立ててお奨めするお花はありませんが「バラフェスタ」が11月23日まで開かれています。今日はバラの花の数はまだ少なかったです。来園者が少なく、ゆっくり花を観賞し、園内で安らぐことができました。池のパラグアイオニバスの大き葉が美しく葉を広げているのが素晴らしかったです。植物会館では「皐月盆栽展」が開催されています。花はありませんので、宣伝はしていないようです。今日の都立神代植物公園の様子です。

(↑上の写真)左=女性像(日展所属の安田周三郎氏の作品で題名は「拱く(こまねく)」、中と右=皐月盆栽展の様子

(↑上の写真)左=パラグアイオニバス(子どもなら乗れそうです)、中=ヤブミョウガ(藪茗荷・実がきれいについていました)、右=広場の様子(遠くのススキのようなものはパンパスグラス)

(↑上の写真)左と中=オオハナワラビ(大花蕨)、右=(園内掲示では)ホトトギス(杜鵑草)

(↑上の写真)いずれもマルバフジバカマ(丸葉藤袴)

 マルバフジバカマ(丸葉藤袴)は、キク科 アゲラティナ属。『神奈川県植物誌2001』によると「北アメリカ原産で、明治29年に渡来し、箱根の強羅に帰化し、その後各地に広がる。日陰、特にスギ植林の下に多く生える(多年生草本)」とあります。『ウィキペディア』によると「マルバフジバカマは有毒成分トリメトルを含んでいるためシカは食べない。そのため他の山野草を食害し、マルバフジバカマは食べ残されて、いよいよ増えることになる。また、牛がこれを食べると肉や牛乳に有毒成分が混入し、それらを食べたヒトはミルク病に罹り、死に至るといわれている。マルバフジバカマを食べたウマ、ヒツジ、ヤギなども同様の食中毒を起こす」ということです。有毒であり、帰化植物、且つ多年生草本ということで栽培については管理下で行うのがよいでしょう。数年前に一時増えたとき、かなり除草され株数が減っていましたが、今年はまた増え始めています。似た花のヒヨドリバナやシラヤマギクは数を減らしています。(引用については翻案しています)

(↑上の写真)左=キバナコスモス(黄花秋桜)、中と右=ヤナギバコスモス(柳葉秋桜)

(↑上の写真)左と中=イノコヅチ(猪子槌・牛膝)、右=ワレモコウ(吾亦紅)=赤い花を摘んでくるように命じられた者が吾亦紅を摘まなかったので「私も赤い花ですよ(吾亦紅)」と主張したという逸話が残っているそうです。

(↑上の写真)いずれもミズヒキ(水引)、中=上から見たところ(赤色)、右=下から見たところ(白色)‥‥上からは赤、下からは白に見えて紅白が揃っているので水引といわれるようになった、ということです。 

(↑上の写真)左=大温室全景、(以下、大温室の中にて)中=サンタンカ、右=アリアケカヅラ(有明葛)

(↑上の写真・大温室にて)左=ハイビスカス、中=スイレン(睡蓮)、右=サボテン室

(↑上の写真・バラフェスタ会場のバラ園にて)中と右=展示のバラ(十分咲いているバラの数は少ない)

 

東京都薬用植物園・・・令和8年10月4日

 東京都薬用植物園では、スイフヨウ、タバコ、ニチニチソウが満開、ホトトギスが咲き始め、タチフウロやハッカ、キキョウの花が終わろうとしています。実りの秋を象徴するように、サンショウ、サンシュユ、オオミサンザシ、イイギリがたわわに実っています。東京都薬用植物園の今日の様子です。

(↑上の写真)左=東京都薬用植物園入り口を入って正面の光景、中=サキシマフヨウ(先島芙蓉)、右=スイフヨウ(酔芙蓉)

(↑上の写真)いずれもスイフヨウ(酔芙蓉)

(↑上の写真)いずれもタバコ(煙草) 

 タバコ(煙草)はナス科タバコ属。『APG牧野植物図鑑』によると「南米熱帯地方原産とされる多年草。温帯に植えると1年草になる。葉にはニコチンを含み、喫煙のため南米原住民に古くから用いられていたが、1518年頃スペインの宣教師によってヨーロッパにもたらされ、急速に世界中に広まった」という。その一環で日本へももたらされた。その様子が芥川龍之介著『煙草と悪魔』に載っています。「悪魔はイルマン=修道士=の一人に化けて、フランシスコ・ザビエルと一緒に日本へやって来た。日本での退屈な時間に園芸を始めた。持ってきた種子を蒔いて育てたものは、茎の先に漏斗のような形をした薄紫の花をつけた。悪魔は骨を折っただけに、この花の咲いたのが、大変うれしかった。と、そこに通りかかった牛商人が『もし、お上人様、その花は何でございますか』と問うと、上人に化けている悪魔は『この名だけは教えられない』という。悪魔は『三日の間に誰かに聞いてもいいですよ。この名が当たったら、これをみんなあげますよ。その他にお酒なども』という。『賭けですよ』ともいう。悪魔は『もし当たらなかったら、あなたの体と魂をもらいますよ』と右の手をまわして帽子を脱いだ。三日目の晩、牛商人は、もくろんでいた計画を実行した。即ち、牛の尻を思い切りたたいて畑の中に追い込んだ。けたたましい牛の鳴き声と蹄の音に、寝込んでいた悪魔はびっくりして窓を開け『こん畜生、何だって、おれのタバコ畑を荒らすのだ』と怒鳴った。牛商人は、首尾よく、タバコと云う名が分かり、言い当てて、悪魔の鼻を明かした。悪魔は敗北した。が、それ以後、日本全土にタバコを普及させることができ、日本を堕落させることにおいては、悪魔としては勝利した(一部翻案)」――タバコには、こんな逸話があったんですね。因みに、フランシスコ・ザビエルはスペイン人、タバコはスペイン語。

(↑上の写真)いずれもニチニチソウ(日々草)

 ニチニチソウ(日々草)はキョウチクトウ科ニチニチソウ属。『APG牧野植物図鑑』によると「マダカスカル原産で天明元年(1781年)渡来し栽培される1年草、熱帯では多年生。花は夏から秋。和名ニチニチソウは、一日ごとに新しい花に咲き代わるため」ということです。『日本大百科全書』によると「マダガスカル、ジャワ、ブラジルなど熱帯地方原産で亜熱帯や熱帯地方では半低木性多年草ですが、日本では耐寒性がなく、春播き一年草として扱う」ということです。『東京都薬用植物園の説明板』によると「白血病の抗がん剤の製造原料。成分はアルカロイド」ということです。水泳の池江璃花子選手が白血病で長く入院され、抗がん剤を使って回復されたという明るいニュースが伝わってから、さらに日々草のファンが増えたようです。明治時代以前から日本に渡来していた馴染みの草花です。

(↑上の写真)いずれもホトトギス(杜鵑草)

(↑上の写真)いずれもホトトギス(杜鵑草)

(↑上の写真)左と中=シロホトトギス(白杜鵑草)、右=(園内表示によると)ホトトギスとタイワンホトトギス(台湾杜鵑草)の交雑種

 ホトトギス(杜鵑草)はユリ科ホトトギス属。『APG牧野植物図鑑』に「関東地方以西の山地に生える多年草。和名ホトトギス(杜鵑草)は、花被片(花びら)の斑点を鳥のホトトギスの胸にある斑点になぞらえてついた」とあります。鳥の方が先だったんですね。菱山忠三郎著『多摩の草木記』に「八王子にはホトトギスの自生地が見当たらない。上向きの毛がびっしり生えている。ホトトギスとヤマジノホトトギスは各葉腋に1個から3個、花をつける。ヤマホトトギスはてっぺんの方にだけたくさん花をつける。シロホトトギスはホトトギスの白花品、シロバナホトトギスはヤマジノホトトギスの白花品のことである」とあります。

(↑上の写真)いずれもシュウメイギク(秋明菊) 

 シュウメイギク(秋明菊)はキンポウゲ科イチリンソウ属。別名キブネギク(貴船菊)。中国、台湾に分布するキンポウゲ科の多年草で、日本には室町時代に中国から渡来したものが帰化し、野生化したと考えられています。Web:『プレミアムフラワーの花コラム』には「中国では、この世のものとは思えないほど美しい『秋に咲く黄泉の国の菊』という意味で『秋冥菊』と書かれていました。『冥』には「黄泉の国・冥土」の他に「光がない・暗い」という意味があります。日本では反対の意味の漢字『明』に置き換えて『秋明菊』と書き換えられました。秋に咲く明るい菊。縁起をかついだのでしょう」とあります。いい名づけと思いますが、秋明菊は、キク科ではなくキンポウゲ科です。別名のキブネギク(貴船菊)は、京都の貴船地方に野生化したものがキブネギクで、それが本来のシュウメイギク。貴船菊の本来の花は、濃いピンク色の八重咲き。これを原種として改良、園芸化したものが現在の秋明菊。花弁のように見える部分は咢片で、本来の花弁は退化し、中央に多数密集しているのが雄しべと雌しべ。花色は様々、園芸種として八重咲きのものや写真のような白の一重咲きのものも作出されています。(多数の情報を翻案しました)

(↑上の写真)左=タチフウロ(立風露)、中と右=ノコンギク(野紺菊) 

 ノコンギク(野紺菊)はキク科シオン属。「北海道南西部以南の山野に多い多年草で茎はよく分枝し、葉とともにざらつく。多くの変種がある」とうことです。どれもノギク(野菊)にちがいはなく、花の紺色が濃かったらノコンギク、花が白っぽかったらシロヨメナとし、しかし、花が白くても葉がざらつくようだったらノコンギクということのようです。

(↑上の写真)左と中=ハッカ(薄荷)、右=園内風景

(↑上の写真)左と中=キキョウ(桔梗)、右=フジマメ(藤豆)

(↑上の写真)いずれもトリカブト(鳥兜)

(↑上の写真)左=オミナエシ(女郎花)、中=アキノキリンソウ(秋の麒麟草)、右=オオユウガギク(大柚香菊)

(↑上の写真)左=ハタザオギキョウ(旗竿桔梗)、中=コムラサキ(小紫)、右=園内風景

(↑上の写真)いずれもアサクラサンショウ(朝倉山椒)

 アサクラサンショウ(朝倉山椒)はミカン科サンショウ属。Web『AI』によると「兵庫県養父市八鹿町朝倉地区が原産の山椒で、実は大粒でサンショウの中でも柑橘系の爽やかな香りが特に高く、辛みが後に残りにくく、木にトゲがないのが特徴。江戸時代には徳川家康にも献上された高級品として知られている。400年以上の歴史があり、但馬地方の特産品として大切にされている」ということです。料理をする方は知っていました。

(↑上の写真)いずれもサンシュユ(山茱萸)

(↑上の写真)いずれもオオミサンザシ(大実山査子)

 オオミサンザシ(大実山査子)はバラ科サンザシ属。中国原産のバラ科サンザシ属の落葉樹で、その名の通り大きな赤い果実(偽果)をつける植物。日本でも生薬として流通している「サンザシ」の多くは、このオオミサンザシの果実を指します。 春(4〜5月)に大きめの純白の5弁花を咲かせ、秋(9〜10月)に直径約2.5〜3cmほどのリンゴやナシに似た構造の赤い実を鈴なりに実らせます。成熟した果実を乾燥させたものは、漢方で生薬「サンザシ(山査子)」と呼ばれ、主に消化促進作用(特に肉類の消化を助ける)や整腸を目的とした漢方薬(啓脾湯など)に配合されています。中国では非常にポピュラーな果実で、砂糖と練り合わせたお菓子(山査子餅)やドライフルーツ、ジャム、サンザシ酒、ジュースなどに加工します、ということです。(Web『AI』を参照・翻案)

(↑上の写真)いずれもイイギリ(飯桐)

(↑上の写真)いずれもノグルミ(野胡桃)

(↑上の写真)いずれもカリン(花梨)

 カリン(花梨、榠樝)はバラ科ボケ属。中国東部原産の落葉高木で日本への渡来時期は不明。樹皮は緑褐色で縞状に剥げ落ち跡が残り、ナツツバキ(シャラノキ)に似ています。西洋ナシのような形の実(梨果)は熟すと芳香が素晴らしく、食べられます。江戸時代、屋敷の表門には「カリン」(借りん=借りない)の木を植え「お金は借りません」の意志表示をし、裏門には「カシ」(貸し=貸す)の木を植え「お金は貸すほどあります」という意思表示をしたそうです。春に咲く赤い花は借金まみれの赤を象徴し、そうはならじ、の意思表示をしたということでしょう。江戸時代の洒落た高度な庶民文化が感じられますね。

 

上野東照宮ダリア展・・・令和8年9月30日

 芸術の秋を迎えました。上野の美術館周辺は外国人観光客が6~7割占めているようです。芸術を堪能した後は上野東照宮のボタン苑で開催されているダリア展をご覧になるのは如何でしょうか。11月3日まで。ダリアのほかに各種草花がダリアの花の合間、合間に咲いています。今日の様子です。(東照宮のボタン苑はJR上野駅公園口下車、上野動物園の左隣りです)

(↑上の写真)左=上野公園広場からダリア展へ、中=ダリア展の案内、右=受付を済ませてダリア展へ入ると広がる和の風景

(↑上の写真)左=和の飾り、以下苑内で見られるダリア各種

 ダリアはキク科ダリア属(Dahlia)。『APG牧野植物図鑑』によると「メキシコ原産の観賞用として栽培される多年草。サツマイモに似た形で数個集まった塊根から春に新苗を出す。牧野富太郎博士は『牧野新日本植物図鑑』に「ダリアというが、正しくはダーリアである」とわざわざ記しています。Web『ウィキペディア』によると「ダリア(英語: dahlia、学名:Dahlia)は、キク科ダリア属の多年生草本植物の総称。「ダリア」 (dahlia) の名は、スウェーデンの植物学者でリンネの弟子であったアンデシュ・ダール (Anders Dahl) にちなむ」とありますので、ダールに因むとなれば牧野富太郎博士が指摘の通り「ダーリア」が相応しいということになります。 三島由紀夫著『豊饒の海(一)春の雪』(寺での本多家祖母の十年忌法要を終えて参列者は本多家を訪れたが、やがて三々五々別れると。本多繁邦と又従兄妹(またいとこ)に当たる房子が部屋の革張りの長椅子に取り残された)房子には夏のダリヤの重く暑い美しさがあったけれども、自分(繁邦)は決してこういう種類の女を妻にすることはあるまいと私かに(ひそかに)思っていた。……(暫くすると房子は疲れたといって)俄かに崩れ、繁邦の膝には突然そこへ顔を伏せた房子の香り高い重みがかかった。(この様子がいきなり部屋に入って来た母や伯父伯母に見られてしまった。二人はどうしたでしょうか。)

(↑上の写真)右=苑内から見られる五重塔

【↓苑内で見られる草花など】

(↑上の写真)左と中=ミズヒキ(水引)、右=ギンミズヒキ(銀水引)

(↑上の写真)いずれもシモバシラ(霜柱)

(↑上の写真)左と中=ノコンギク(野紺菊)、右=八重のノコンギク(野紺菊)

  ノコンギク(野紺菊)はキク科シオン属。「APG牧野植物図鑑」によると「北海道南西部以南の山野に多い多年草。茎はよく分枝し、葉とともにざらつく。多くの変種がある」とあります。多くの変種が存在するというので一般には図鑑で調べて見ても区別がつきにくいです。ここのものは人工的につくられた変種のようです。

(↑上の写真)左=ノゲイトウ(野鶏頭)、中と右=ワレモコウ(吾亦紅)

(↑上の写真)左と中=チョコレートコスモス(チョコレート秋桜)、右=コスモス(秋桜)  

 チョコレートコスモスは、もともとメキシコの高原地帯に自生していた野生のものでした。しかし、この野生の原種は、1970年代までにメキシコの自生地で一度絶滅したとされています。今日のものは、それ以前にイギリスなどの植物園に導入されていた「たった一つの株(クローン)」が、種ができない不稔性(ふねんせい)でありながらも、挿し木や株分けによって奇跡的にイギリスで生き残っていたものです。現在、私たちが目にする育てやすい園芸品種(「チョカモカ」など)の多くは、その生き残った原種をもとに、2000年代以降、主にイギリス、ニュージーランド、そして日本などの種苗会社や育種家によってキバナコスモスなどと交配・改良されて作出されたものです。(Web『AI』によるものを翻案したものです)

 コスモス(秋桜)はキク科コスモス属。太宰治著『人間失格』より「人間、失格。もはや自分は、完全に、人間でなくなりました。・・・ここ(脳病院)へ来たのは初夏の頃で、銕の格子の窓から病院の小さい池に紅い睡蓮の花が咲いているのが見えましたが、それから三月経ち、庭にコスモスが咲き始め、思いがけなく故郷の長兄がヒラメ(=渋田=出入りの骨董商)を連れて自分を引き取りにやって来て、父が先月末に胃潰瘍で亡くなったこと(などを話し)お前が東京でしでかした事の後始末は、大体渋田がやってくれたので、それは気にしないでいいと生真面目な緊張したような口調で言うのでした。・・・故郷の山河(青森県五所川原)が眼前に見えるような気がして来て、自分は幽かにうなずきました」(主人公<太宰治>が人間失格を自覚して落ち込んだ時でした。)

(↑上の写真)いずれもセンニチコウ(千日紅)=グローブ・アマランス

(↑上の写真)左=シュウメイギク(秋明菊)、中=キキョウ(桔梗)、右=フジバカマ(まだつぼみ)

(↑上の写真)左と中=ホトトギス(杜鵑草)・・タイワンホトトギスとの交雑?、右=シロバナヤマジノホトトギス(白花山路杜鵑草)

(↑上の写真)左=ヤブラン(藪蘭)、中=コムラサキ(小紫)、右=コリウス

(↑上の写真)いずれもミヤギノハギ(宮城野萩)

(↑上の写真)いずれもフヨウ(芙蓉)

(↑上の写真)左=シラハギ(白萩)、中と右=ヤナギバルイラソウ(柳葉ルイラ草)

 

神奈川県立東高根森林公園・・・令和8年9月25日

 ここは天然のシラカシ林とクヌギコナラの薪炭林から成り、二筋の低湿地には湿地特有の植物が生え、湿生植物園がつくられています。今日はちょうどツリフネソウとキツリフネ、シュウカイドウが満開でした。ヒガンバナは終りを迎えていましたが、カリガネソウ、ヤマホトトギス、カシワバハグマなどはまだ咲いています。丘の上の古代植物園ではウメモドキ、ナツメの実が熟していました。高根森林公園の今日の様子です。

(↑上の写真)左=公園入口のパークセンター、中=公園入口の「出会いの広場」、右=湿生植物園

(↑上の写真)いずれもツリフネソウ(釣船草)

(↑上の写真)左と中=キツリフネ(黄釣船)、右=ツリフネソウやキツリフネの群落

 ツリフネソウ(釣船草)・キツリフネ(黄釣船)ともにツリフネソウ科ツリフネソウ属。『APG牧野植物図鑑』によると「ツリフネソウ、キツリフネともに東アジア、ヨーロッパ、北アメリカ西部に広く分布、日本では各地の山地の湿地や水辺に生える1年草。和名は、花が帆掛け船を釣り下げたように見えるから」とあります。なお、庭に植えるには水が多量に必要なので、工夫が必要です。キツリフネは花が咲く前に閉鎖花ができ、種子が飛び散りますので芽生えはたくさんできますが、水分不足で、花は咲かずじまいで終わることが多いです

(↑上の写真)いずれもカリガネソウ(雁草)

 カリガネソウ(雁草)はシソ科カリガネソウ属。別名:ホカケソウ(帆掛草)。9月8日のブログをご覧ください。

(↑上の写真)左=ヒヨドリバナ(鵯花)、中と右=フジバカマ(藤袴)

 フジバカマ(藤袴)はキク科ヒヨドリバナ属。秋の七草」の一つで、万葉の時代から人々に親しまれてきた植物。『APG牧野植物図鑑』によると「本州以南の川岸の土堤や湿った草地に生える多年草。絶滅危惧種」。ヒヨドリバナに似ているので区別しにくいですが、葉が一つでも3裂に深く切れ込んでいればフジバカマ。そうでなければヒヨドリバナ。名前の由来については、権威のありそうな図鑑では触れていません。杉村昇著『名前といわれ野の草花図鑑』に「冠毛を含めた筒状花が袴を連想させるところからつけられた名前といわれます。」とあります。これが代表的な解説です。袴の図が載っていますが、どう花と結び付けたらいいのか分かりかねました。

(↑上の写真)いずれもシュウカイドウ(秋海棠)

(↑上の写真)左と中=ゲンノショウコ(現の証拠)、右=キンミズヒキ(金水引)

(↑上の写真)左と中=シュウメイギク(秋明菊)、右=キキョウ(桔梗)

 シュウメイギク(秋明菊)はキンポウゲ科イチリンソウ属。別名キブネギク(貴船菊)。中国、台湾に分布するキンポウゲ科の多年草で、日本には古い時代に中国から渡来したものが帰化し、野生化したと考えられているそうです。京都の貴船地方に野生化したものがキブネギクで、本来のシュウメイギクだそうで、これを原種として改良、園芸化したものが現在の秋明菊。「キク」と名前に付いていますが、キク科ではなく、キンポウゲ科です。花弁のように見える部分は咢片で、本来の花弁は退化しているそうです。中央に多数密集しているのが雄しべと雌しべ。花色は様々、一重咲き、八重咲きもあるそうです。

(↑上の写真)左と中=ヒガンバナ(彼岸花)、右=古代芝生広場(頂上)

(↑上の写真)いずれもウメモドキ(梅擬)

 ウメモドキ(梅擬)はモチノキ科モチノキ属。APG牧野植物図鑑によると「本州、四国、九州の山中の湿地に生え、また庭木で生花用に植栽する落葉低木」という。冬の彩りに赤い実が生花用として珍重されるようです。そのようなことで庭木や生花にいいことがあだになり、盗掘されたりして野生では絶滅の危険性が高い種(危急種)になっている山形県や千葉県などがあるということです。葉は互生し、葉の先端が尖り、葉縁は細かい鋸歯がある。花は淡紫色で5~7月頃咲き、果実は9月頃から赤く熟し12月頃に落葉しても枝に残っている(各種Web参照)。果柄は短く枝に直接ついているように見えます(上の写真)。赤い実をつけるものは果柄が結構長いものが多いので、写真のように枝についているような赤い実を見つけたらウメモドキと見ていいでしょう。ウメモドキという名前の由来は、葉がウメの葉に似ていることや花も梅に似ているころに由来するようですが、どうですか。

(↑上の写真)いずれもナツメ(棗)、右=ナツメの木肌

 ナツメ(棗)はクロウメモドキ科ナツメ属。(以前ナツメ科だった。)『APG牧野植物図鑑』によると「西アジアから中国北部の原産で、人家で栽植される落葉小高木」ということです。夏目漱石がナツメについて小説の中に書いています。夏目漱石著『行人』に「(この家を出て下宿するとなると二郎は急にいろいろ思い出された。)自分は子供の自分からこの金盥を見て、きっと大人の行水に使うものだとばかり想像してひとり嬉しがっていた。金盥は今塵で侘しく汚れていた。低いガラス戸越しには、これも自分の子供時代から忘れ得ない秋海棠が、変わらぬ年毎の色を淋しく見せていた。自分はこれらの前に立って、よく秋先に玄関前の棗を兄とともに叩き落して食ったことを思い出した。自分はまだ青年だけれども、自分の背後にはすでにこれだけ無邪気な過去がずっと続いていることを発見したとき、今昔の比較が自ずから胸に溢れた」……我が家を出ようとする二郎の目に、子供時代の光景が彷彿と浮かぶのでしたね。

(↑上の写真)いずれもヤマホトトギス(山杜鵑草)

(↑上の写真)いずれもカシワバハグマ(柏葉白熊)

 カシワバハグマ(柏葉白熊)はキク科コウヤボウキ属。ウィキペディアによると「日本固有種。本州(宮城県以南のおもに太平洋側)、四国、九州に分布し、山林のやや乾いた林縁や林下に生育する。花期は9~10月」とあります。名前の由来は、葉が柏の葉に似ているから、また、花の形がハグマ=白熊(ヤク)の尻尾の白い毛でつくられた仏具の払子と似ているからといいます。払子つまり、ヤクのしっぽを白い毛を束ねたものということですから、この花を横から見ると白い毛の部分が花の部分(花冠)で、束ねた部分が花托の部分と考えると納得いくと思います。

(↑上の写真)左=ミヤギノハギ(宮城野萩)、中=キバナアキギリ(黄花秋桐)、右=園内風景

(↑上の写真)左=ミゾソバ(溝蕎麦)、中と右=ヤブミョウガ(藪茗荷)の実

 

東京多摩地区街中自然観察・・・令和8年9月18日

 街中には結構いろんな草花が咲いていて自然観察も楽しいです。自然の花がお好きな家庭も結構あって、ご覧ください、と言っているようです。雲行きが怪しいので、遠くに出かけられませんが、近場で観察を満喫しています。今日の街中の様子です。

(↑上の写真)いずれもルコウソウ(縷紅草)

 ルコウソウ(縷紅草)はヒルガオ科サツマイモ属。熱帯アメリカ原産の古くから観賞用として栽培されているつる性の1年草。ヒルガオ科なので、アサガオのように日中でも萎みません。縷紅草の「縷」は「一縷の望みをつなぐ」とか「縷々説明する」とかの言葉に使われる「蜘蛛の糸のように細く切れそうな糸」とか「細かいことをくどくど」とかを表現する漢字です。上掲写真のように細い糸のような葉です。花は紅色なので「縷紅草」というわけです。江戸時代の園芸ブームの中で親しまれて来たもの、といわれています。(『APG牧野植物図鑑』、Web『LOVEGUREEN』、Web『みんなの趣味の園芸』などを参照、翻案)

(↑上の写真)いずれもマルバルコウ(丸葉縷紅)

 マルバルコウ(丸葉縷紅)はルコウソウと同じく熱帯アメリカ原産で江戸時代末頃に渡来したつる性の一年草。両者とも原産地の熱帯では多年草ですが、日本では冬が越せず、1年草となっています。両者とも花の形、色は同じようです(よく見ると微妙に形色は違います)が、葉の形は全く異なり、マルバルコウはサツマイモのような葉の形をしています。また、マルバルコウは繁殖力が旺盛で、放棄地などに入り込んでそこを独り占めしています。これからさらに増殖し、花の可愛さに反して厄介者扱いされることになるでしょう。(『日本帰化植物写真図鑑』、『APG牧野植物図鑑』、Web『LOVEGUREEN』、Web『みんなの趣味の園芸』などを参照、翻案)

(↑上の写真)左と中=ダンドボロギク(段戸襤褸菊)、右=ツタバウンラン(蔦葉海蘭) 

 ダンドボロギク(段戸襤褸菊)はキク科タケダグサ属。北半球の温帯に広く帰化し雑草化した北アメリカ原産の1年草。日本には昭和8年(1933年)に愛知県段戸山で初めて帰化が記録され、和名ダンドの由来にもなっており、現在では日本全国で雑草化している。また、綿毛は、使い古したボロ布に例えられており、それがボロギクの由来にもなっている、とのことです。ボロギクの仲間では、このダンドボロギクの蕾だけが上を向いています。他は下にうつむいています。上掲写真のように勢いがよく草姿が立派なので、どんなすばらしい花が咲くのかなぁ、と期待していると花が咲かないうちにたんぽ果(綿毛)になってしまい、他のボロギクと同じようにがっかりしてしまいます。育てたことがありますが、全く期待外れでした。(『ウィキペディア』、Web『BOTANIKA』参照、『APG牧野植物図鑑スタンダード版』参照、翻案)

(↑上の写真)左と中=ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)、右=タケニグサ(竹似草、竹煮草)

 ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)はヤマゴボウ科ヤマゴボウ属。「APG牧野植物図鑑」によると「北アメリカ原産。日本へは明治初年に渡来し、本州、四国、九州に広がり、空き地や造成地など至る所で野生化している多年草」とあります。高さは2m前後と高くなり、茎は赤く太くがっちりしています。葉は大きく20cm前後になり、秋に紅葉します。液果は黒く熟し、中から出る赤紫色の汁は、以前は学校で理科の時間に色染め液としてもてはやされましたが、アルカイドやサポニンなどの毒成分が含まれていることが分かり、今では使用されなくなり、見向きもされなくなりました。和名の洋種山牛蒡は北アメリカから来たヤマゴボウ(山牛蒡)という意味です。山牛蒡自体も日本の在来ではなく中国原産ということです。いつ渡来したかは不明。根が牛蒡のようですが、牛蒡ほど役立たないので山牛蒡と呼んだのではないかと推測されます。なお、湯浅浩史文「花おりおり」によると、漬物にするヤマゴボウはキク科で毒もなく、ここでいうヤマゴボウとは全く違うものだそうです。

(↑上の写真)左と中=ニラ(韮)、右=キンモクセイ(金木犀)

 ニラ(韮)はヒガンバナ科ネギ属。山野に自生しているものもありますが多くは畑に栽培する多年生草本でユーラシア大陸の温帯に広く分布しているということです。花は 夏から初秋(8月〜10月頃)に、見た目は 茎の頂点に、白い小さな花が丸く傘状(散形花序)にたくさん集まって咲きます。花を咲かせてしまうと、株全体の栄養が花や種に使われてしまい、葉が硬くなり、株が弱ってしまうので、葉を料理に使う場合は、花が咲く前の蕾(つぼみ)の段階で茎ごと摘み取るのがおすすめということです。(『牧野新日本植物図鑑』、Web『AI』など参照、翻案)

(↑上の写真)いずれもムラサキオオツユクサ(紫大露草)=別名:ムラサキゴテン(紫御殿)

 ムラサキオオツユクサ(紫大露草)はツユクサ科ムラサキツユクサ属。別名ムラサキゴテン(紫御殿)。『日本日本帰化植物写真図鑑』によると「メキシコ原産の多年生草本。株全体が暗紫色を帯びる。長い間無名のままで栽培されていたが、1955年に学名が付けられた。我が国へは戦後に渡来し、近年急速に広がったとされる。沖縄では花壇の縁取り、屋敷囲いの下草などに利用され、しばしば逸出したものが野生化したものが見つかる」ということです。

(↑上の写真)左=セイヨウノコギリソウ(西洋鋸草)、中=アップルミント=マルバハッカ(丸葉薄荷)、右=ヤブミョウガ(藪茗荷)

 セイヨウノコギリソウ(西洋鋸草)はキク科ノコギリソウ属。ヨーロッパ原産の多年生草本で世界の温帯から寒帯に広く帰化している。野生種は白や淡いピンク色が一般的ですが、園芸品種として鮮やかな赤やチェリーレッド、濃い紫がかった赤などの品種が数多く育成されています。また、先史時代から薬草としても知られていてネアンデルタール人の墓地のあるシャニダール洞窟からセイヨウノコギリソウの花粉が大量に発見されているそうです。学名をアキレアと言いますが、これはアキレスに因み、アキレスが戦いで傷ついた王や兵士たちの傷にセイヨウノコギリソウを止血の外用薬として使ったことが由来になっているということです。東京よりは寒冷地を好むようで、霧ケ峰高原では随分はびこっていました。東京では見かけない(葉の模様が違う)ので珍しいノコギリソウと思っていましたが、寒冷地ではむしろ困りもののようです。(Web『BOTANICA』と『ウィキペディア』、『日本帰化植物写真図鑑』などを参照、翻案)

(↑上の写真)いずれもオミナエシ(女郎花)

(↑上の写真)左と中=ギンミズヒキ(銀水引)、右=コヒルガオ(小昼顔)

(↑上の写真)左と中=キバナコスモス(黄花秋桜)=レモンイエロー、右=ジニア(百日草)

(↑上の写真)いずれもココスヤシ

 ココスヤシはヤシ科ココスヤシ属。ココスヤシの原産地は南アメリカ(ブラジル南部、ウルグアイ、アルゼンチン北部、パラグアイ)。ココスヤシの名前は、かつてこの植物が分類されていた旧学名のココス属(Cocos)に由来しています。ココス属の「ココス(Cocos)」は、ポルトガル語やスペイン語で「猿」や「猿の顔」を意味する「coco(ココ)」という言葉が語源です。15〜16世紀頃に大航海時代のヨーロッパの大商人たちがインドなどでヤシの実(現在のココヤシの実)を初めて見た際、その殻にある3つの窪み(発芽孔)が「笑った猿の顔」のように見えたことから、この名が付けられたということです。なお、ココスヤシの実は、ジャム、シロップ、果実酒にするとトロピカルな雰囲気のものが作れるそうです。(註)ココヤシとココスヤシは違うものです。2つの最大の違いは、「耐寒性(日本の冬を越せるか)」と「実の大きさ」にあります。名前は非常によく似ていますが、植物としては全く別の品種です。(Web『AI』を参照、翻案)

(↑上の写真)いずれもサルスベリ(猿滑り、百日紅)・・・今年の百日紅のこのブログへの初出は7月24日でしたから、まだ百日にはなりませんね。

 

昭和記念公園・・・令和8年9月17日

 空模様がはっきりしない日が続き、折角の草花たちもイマイチ意気が上がらないという風情でした。恒例のコスモスまつりは10月25日までです。今日の昭和記念公園の様子です。

(↑上の写真)左=西立川口入口、中と右=キンモクセイ(金木犀)

(↑上の写真)いずれもアレチヌスビトハギ(荒地盗人萩)=記念公園全体に蔓延り、在来のヌスビトハギを駆逐しているようでした。

 アレチヌスビトハギ(荒地盗人萩)はマメ科シバハギ属。北アメリカ原産の1年生草本といわれています。一見、在来のヌスビトハギと花も葉の形も似ています。実の形を見て初めて「アレ、何か違う」と気づきます。在来のヌスビトハギの実の形は、忍び足をしている盗人(ぬすっと)の足跡、足踏まずが欠けている形をしています。在る人は眼鏡の形と言っています(フジカンゾウの実はさらに大きいのでサングラスと言っています)。しかし、このアレチヌスビトハギの実は(上掲写真で)多くが4個ついています。在来のヌスビトハギの2個の倍の実、つまり種子をつけているので、在来のヌスビトハギの倍の速度で拡散するというわけです。園内至る所でこのアレチヌスビトハギが拡散、増えていることが分かります。在来種は駆逐されててしまったのでしょうか。来園の折には、ぜひ、在来のヌスビトハギをさがしてみてください。新しい発見があるかも知れません。

(↑上の写真)左と中=キハギ(木萩)、右=ヤマハギ(山萩)

(↑上の写真)いずれもコキア、中=コキアの花

(↑上の写真)いずれもカリガネソウ(雁草)

(↑上の写真)左と中=シモバシラ(霜柱)、右=こもれびの里

(↑上の写真)左と中=ミズタマソウ(水玉草)、右=こもれびの里

(↑上の写真)いずれもオミナエシ(女郎花)

(↑上の写真)いずれもオトコエシ(男郎花)

(↑上の写真)いずれもヒガンバナ(彼岸花)=赤い花、白い花がありました。

(↑上の写真)いずれもキバナコスモス(黄花秋桜)レモンブライト

(↑上の写真)いずれもキバナコスモス(黄花秋桜)サンセット

(↑上の写真)いずれもソバ(蕎麦)

(↑上の写真)いずれも百日草(ジニア)

(↑上の写真)左と中=ケイトウ(鶏頭)、右=ノゲイトウ(野鶏頭)

(↑上の写真)左と中=センニチコウ(千日紅)、右=お花畑の様子

(↑上の写真)いずれもコリウス

(↑上の写真)左=ゲンノショウコ(現の証拠)、中=ヤブラン(藪蘭)の花と実が同時に見られました。右=シラヤマギク(白山菊)=花びらのつき方がぎこちないのが特徴。

(↑上の写真)いずれもヤマジノホトトギス(山路杜鵑草)

(↑上の写真)いずれもイタドリ(虎杖)

(↑上の写真)いずれもアオギリ(梧桐)中=実、右=実の中の種子

 アオギリ(梧桐)はアオイ科アオギリ属。中国南部・東南アジア原産、日本では沖縄、奄美大島に自然分布する。落葉広葉樹の高木で、樹高は10 ~ 20m になり、幹は直立する。盛夏に枝先に大きな円錐花序をつくって、多数の黄色い小さな花が咲き、一つの花序の中に雄花と雌花が混じる果実は5個の分果となって放射状に開出し、乾いた鞘で成熟前に裂開して、エンドウの鞘を広げたように舟形になり、縁にいくつかの球状の種子をつけるということです。田山花袋著『田舎教師』 に「(主人公林清三の寄宿先の成願寺で思い出す)歌留多を取っても、ボールを投げても面白かった。卒業の喜悦(よろこび)、初めて世に出ずる希望――その華やかな影は忽ち消えた、秋は来た、さびしい秋は来た。裏の林に熟み割れた栗のいがが見えて、晴れた夜は野分がそこからさびしく立った。長い廊下の縁は足の裏に冷ややかに、本堂の傍らの高い梧桐(あおぎり)からは雨滴(あまだれ)が泣くように落ちた。」林清三が、理想と現実は違うことに気づいた挫折感が、寂しい秋としてアオギリ(梧桐)からの雨だれよって描写されていました。(『牧野新日本植物図鑑』、山渓カラー名鑑『日本の樹木』、『ウィキペディア』などを参照、翻案)