野楽力研究所

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南平丘陵公園・・・令和3年3月4日

 日野市立南平(みなみだいら)丘陵公園では、木々の風景を見るとまだ冬の雑木林という感じです。その足元を見るとアレアレ!随分春の足音が聞こえてきました。春の野草の先発隊ですね。今日の様子です。

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(↑上の写真)左=コスミレ、中=タチツボスミレ、右=シロバナタチツボスミレ

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(↑上の写真)左=ショカツサイ、中=ヤマルリソウ、右=キクザキイチゲ(明日にでも気温が上がれば開葉開花するでしょう。)

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(↑上の写真)左=ムラサキケマン、中=タネツケバナ、右=オオイヌノフグリ

 タネツケバナ(種漬花)はアブラナ科タネツケバナ属。APG牧野植物図鑑によると日本各地及び東アジアから南アジアの温帯から暖帯に分布。水田、溝の畔、水辺の湿地などに生える越年草。和名の種漬花は、苗代を作る前に米の種もみを水に漬ける時期に花が咲くのでこの名がある、とあります。つまり、畔づくりをされる前に、稲が育つ前に、花を咲かせ、種をつくり、子孫繁栄を図る戦略とも考えられます。可愛らしい花なのに賢い戦略を考えていますね。

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(↑上の写真)左と中=ウグイスカグラ、右=カンスゲ

 ウグイスカグラ鶯神楽)はスイカズラスイカズラ属。APG牧野植物図鑑には本州・四国の山野に生える落葉小低木、全体が無毛である点がヤマウグイスカグラと異なるが、区別しない意見もある、と記述されています。花後、小さなグミのような赤い液果が熟します。名の由来は諸説あり、鶯を捕まえる「狩り座(かりくら)」が訛ったもの、鶯がこの木の中を飛び回る様子が「神楽を舞う」ようだからというもの、鶯がこの木の中に隠れるようだから「鶯隠れ」が訛ったものなど、どれもそれらしい感じがします。牧野植物図鑑では、恐らく鳥のウグイスに関係があろうがはっきり分からない、とあります。

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(↑上の写真)左と中=アセビ、右=ヤブツバキ

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(↑上の写真)左=(トキワ)シノブ、中=イノデ、右=イノモトソウ

 シノブ(忍)は、シノブ科シノブ属。樹木の樹皮上などに着生する落葉多年生草本。東アジアに広く分布し、沖縄以南の暖地のものには常緑のものがあるということです。吊りシノブとして観賞して楽しむシノブは、今は、葉は枯れて無くなっていて、根茎のみがむき出しになっていると思います。上の写真のシノブは落葉していないので、多分、誰かが台湾産などのトキワシノブを持ち込んだと思います。牧野植物図鑑によるとシノブは忍ぶ草を略したもので、この草が土が無くても乾いてもなお耐え忍ぶという意味で、植物は土を必要とするという前提に立った名である、と書かれています。

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(↑上の写真)左=管理棟とシンボルツリー(クヌギ)、中と右=園路の様子

 

(上椚田橋)高尾遊歩道梅林から「するさし梅林」までの片道60分コース・・・令和3年2月25日

 多摩地区も奥へ向かい高尾遊歩道梅林などはまだ梅も三分咲きといったところ。奥のするさし梅林では、綻びているのは一・二輪といったところです。3月13日・14日が梅まつり(今年は中止)の予定だったということで少し早すぎました。予定日だった前後にはもっと咲いてくれていると思います。関所梅林ではサンシュユの大木が満開で歓迎してくれました。今日の様子です。

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(↑上の写真)小仏川沿いの遊歩道梅林にて

 ウメ(梅)はバラ科アンズ属。梅は「歳寒の三友(松竹梅)」の一つに挙げられています。寒さの厳しい季節=歳寒のなかで楚々と咲いている一輪の梅に独立した意思を持った女性の姿が感じられます。

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(↑上の写真)どれも関所梅林にて

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(↑上の写真)どれも荒井梅林にて、中=箱は梅木を伐った後に置いたミツバチ用巣箱

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(↑上の写真)左と中=天神梅林にて、右=湯の花梅林にて(花が少なく閉鎖中)

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(↑上の写真)どれも、するさし梅林にて

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(↑上の写真)どれも関所梅林のサンシュユ

 サンシュユ(山茱萸)はミズキ科サンシュユ属。中国・朝鮮半島原産。江戸時代享保年間(1720年頃)に薬用植物として渡来し、小石川の薬用植物園に最初に植えられたということです。早春に淡黄色の花を多数つけるので別名春黄金花(はるこがねばな)、また「茱萸」とはグミのことだそうで、秋にはグミのような赤い実をつけることからアキサンゴ(秋珊瑚)とも呼ばれるとのことです。宮崎県民謡「ひえつき節(稗搗節)」は「庭の山椒(さんしゅう)の木 鳴る鈴かけてヨーホイ 鈴の鳴る時ゃ 出ておじゃれヨー」は、宮崎県東臼杵郡椎葉村(しいばそん)地方で、稗を搗(つ)くときにうたわれた仕事歌。壇ノ浦の戦いで宮崎に逃げた平家の姫(鶴富姫)と平家を追って宮崎にやって来た源氏の侍(那須大八)の禁じられた人目を忍ぶ愛を歌ったものだそうです。歌詞のサンシュウは漢字では山椒(さんしょ)で、これを宮崎県地方の方言では「サンシュウ」と読むそうです。サンシュウの木に付けた鈴が鳴れば「今日は会える」というサイン。山椒(サンショウ)の木に鈴を掛けるのは南九州地方の昔からある風習で、神が山椒の木に乗移ると言われているそうです。山椒の木は日本には昔からあったのですが、山茱萸の木は享保年間に渡来したもので、稗搗節が謡われたころにはなかったわけです。

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(↑上の写真)どれも小仏川畔の、左=イノデ、中=オオイタチシダ、右=クマワラビ

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(↑上の写真)どれも小仏川畔の、左=イノモトソウ、中=オオバノイノモトソウ、右=ヤブソテツ

 

京王百草園・・・令和3年2月22日

 京王百草園は、平安・鎌倉時代に真慈悲寺があったところに江戸時代に家康の長男信康追悼のため小田原第2代藩主大久保忠増の正室寿昌院が松連寺を建て、そこに梅の木をお手植えされたというのが、正面にある寿昌梅だそうです。樹齢300年ということになります。樹勢は大分衰えているようですが、白梅を咲かせています。今日の百草園の様子です。(百草園は水曜日が休園日です。写真をクリックすると拡大されます。)

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(↑上の写真)左=入口、中=寿昌梅、右=白梅

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(↑上の写真)左と中=満月枝垂れ、右=園内風景

 徳富蘆花著「自然と人生」(初春の雨)「午前春陰、午後春雨、暖かにして長閑(のどか)に、且静かなり。……梅花は香を漬(ひた)し、椿は紅を流す。麦の緑湿(うるお)いて、山の碧(みどり)煙れり。此雨や如何に春色を催すらん。」

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(↑上の写真)左と中=紅梅、右=園内風景

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(↑上の写真)どれも園内風景

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(↑上の写真)左=マンサク、中=サンシュユ(蕾が開き始め)、右=アセビ

 アセビ(馬酔木)はツツジアセビ属。「APG牧野植物図鑑」によると本州・四国・九州の暖帯の山地に生える常緑低木。Web「植木ペディア庭木図鑑」では、馬がアセビの枝葉を食べると呼吸中枢が侵され、酔ったように脚が不自由になることから「アシビ(足痺れ)」の別名があるという。アセビという名前も「悪し実(あしみ)」から転じたとする説を紹介しています。また、アセビの落ち葉には他の植物の成長を抑制する物質が含まれており、アセビの下では他の植物が育ちにくいこと、葉を煎じて畑などに散布すれば殺虫剤として使うこともできる、とあります。アセビには「アセポトキシン」や「グラヤノトキシン」などの有毒物質が含まれ、ウマ科やシカ科などに嫌われます。これは植物の護身術です、と田中修著「植物はすごい」に書かれています。

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(↑上の写真)左=芭蕉句碑、中=句碑を思わせるような月と梅、右=園内風景

 芭蕉の句「志ばらくは 花の上なる月夜かな」 上の写真は月夜ではありませんが上弦の月が昇って来ていました。

 

 

 

 

府中市郷土の森梅園・・・令和3年2月19日

 府中市郷土の森の梅園は、3月7日まで梅まつりで、この期間は休園しないということです。60種1100本の梅の木が植えられているそうです。まだ蕾の木もあり、八分咲きといった感じです。今日の様子です。(品種名は木に下げられていた表示によります。)

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(↑上の写真)左=白梅、中=一重緑咢、右=玉牡丹

 ウメ(梅)はバラ科アンズ属。弥生時代の遺跡からは梅の種子が発見されていますが、縄文時代の遺跡からは発見されていないので、弥生時代に渡来したものと考えられています。梅の品種は大きく四系統①野梅性②紅梅性③豊後性④杏性に分けられるそうですが、素人には難しい所です。諸田玲子著「今ひとたびの、和泉式部」には「幼い日の多田庄で会うた時から数えれば、四十年かけて実った恋にございます。私(和泉式部)にはこれが最後の恋・・・。二人(和泉式部と壺井大将)はもう一度、いたわりをこめて抱き合った。長元2年(1029年)闇の中に梅花の香りがたちこめている。」と(一部翻案)。恋多き五十をこえた女、和泉式部の気持ちが、ここの梅園で多少なりとも感じられるでしょうか。百人一首に「あらざらむこの世の外の思い出に 今一度の逢ふこともがな」と、載っています。

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(↑上の写真)左=臥竜梅、中=月影、右=小向

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(↑上の写真)左=白加賀、中=八重野梅、右=道知辺(みちしるべ)

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(↑上の写真)左と中=満月枝垂、右=野梅

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(↑上の写真)左=紅梅、中=紅千鳥、右=唐梅

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(↑上の写真)どの写真も梅林の様子

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(↑上の写真)マンサク(満作)3種

 マンサク満作)はマンサク科マンサク属。「APG牧野植物図鑑」によると「日本各地の山地に生え、花は早春、葉より先に開き、前年の枝の節に単生、あるいは集まってつく。萼片、花弁、雄しべ、仮雄しべとも4本ずつ。和名満作は豊作と同じく、枝いっぱいに花を咲かせることによる。枝は折れにくく撓むので、ものを縛るのに用いる。」とあります。別に、春一番に黄色い花を咲かせるので「まず咲く」から名づけられた、という説もあります。早春の黄花三友(ロウバイ、マンサク、サンシュユ)の一つに挙げられています。

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(↑上の写真)左=ハナニラ、中=フクジュソウ、右=オオイヌノフグリ

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(↑上の写真)左=チラノサウルスと手前左は珪化木園、中と右=珪化木

 

谷保天神宮梅林・・・令和3年2月17日

 好天に恵まれ、梅林を訪れました。甘酒をいただきながら、梅林を見渡し、身体が暖かくなったところでゆっくり梅林を観賞しました。梅林の南端の四阿からは遥か向こうに多摩丘陵の山並みが、西奥には雪を戴いた富士山が遠望されました。その間の低地には多摩川が流れていることが想像されます。今日の九分咲きの梅林の様子です。

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(↑上の写真)紅梅

葉室麟著「雨と詩人と落花と」)「松子はおなかの上の(広瀬)旭荘の手に自分の手をそっと重ねた。松子の手の温かみが旭荘に伝わる。これは、命が持つ温かさなのだ、と思いながら、旭荘は詩を賦(ふ)した。『梅の枝は幾所か籬(まがき)を出でて斜めなり  水に臨んで扉を掩(とざ)す三四の家  昨日は寒風  今日は雨  已(すで)に開く花は未だ開かざる花を羨む』すでに開いた梅の花は、未だ開かず寒さを知らぬ梅の花を羨ましく思っているのではないか。」と旭荘は命の持つ温もりを梅一輪に感じたんですね。(広瀬旭荘=ひろせぎょくそう=漢詩人)

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(↑上の写真)白梅

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(↑上の写真)左=谷保天満宮拝殿、中と右=梅林

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(↑上の写真)左=ヤブソテツ、中=ベニシダ、右=トラノオシダ

 

八王子市長池公園・・・令和3年2月10日

 日中の陽気は少し暖かさが増し、外の空気を吸いたくなって、自然の中に行きました。柵で囲まれた植物公園は開放されていませんが、自然のままの公園は開放されています。ここ長池公園は自然のままですから、雑木林と刈り残されたアズマネザサばかりです。シダの種類も数も少ないです。今日の様子です。

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(↑上の写真)梅園にて

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(↑上の写真)左=フクジュソウ、中=シロダモ、右=ナキリスゲ

 ナキリスゲ(菜切菅)はカヤツリグサ科スゲ属。本州以南の道端や林下に生える多年草。地上に緑の葉の少ない今の時期に緑の葉が細長く伸び、大きな株を作っているので目立ちます。株の中心部に枯れ葉が抱かれている感じで積もっています。葉を両手にもって片方の手の指で葉の表面を扱いてみると特に葉の縁でざらつきます。葉の縁に細かい鋸歯がついているからでルーペで見るとその様子がよく判ります。糸鋸のようでこれなら菜っ葉も切れるかな、と思われます。秋に花を咲かせ実をつけるので、この時季でも実の様子が観察できます。

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(↑上の写真)左=ベニシダ、中=ヤブソテツ、右=リョウメンシダ

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(↑上の写真)左=野鳥が観察できる築池、中と右=園路の様子

 

 

 

都立平山城址公園・・・令和3年2月1日

 この時季に特別なことはありませんが、冬の日差しを浴び、清新な空気を胸いっぱいに吸って、気分を爽快にすることができました。数年前開園した東園は園路がすっかり整備され、散策しやすくなりました。今日の様子です。

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(↑上の写真)左=上皇結婚記念碑、中と右=マユミ

 上皇陛下が皇太子時代のご結婚祝賀石碑(昭和34年4月10日)昭和天皇がアケボノスギと名づけて愛したメタセコイアが石碑の左側に植樹されています。「わが国のたちなほり来し年々に あけぼのすぎの木はのびにけり」昭和62年の昭和天皇の御製です。三木茂博士が化石から新種を発見し、学名メタセコイアと名づけたのが昭和16年のことでした。和名アケボノスギ(曙杉)は、英名 (dawn redwood)を訳したものだそうです。斎藤清明著「メタセコイア中公新書によると、ハーバード大学樹木園長のメリル教授からハーバード大学へも留学し、昭和天皇の生物学研究の相談相手でもあった原寛へ種子が贈られ、小石川植物園で我が国第一号として育てられている、ということです。それで昭和天皇メタセコイア=アケボノスギ(曙杉)のことを知っていたのですね。

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(↑上の写真)左=カラタチバナ(百両)、中=カンアオイ、右=東園園路

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(↑上の写真)左=西園の園路、中=ノキシノブ、右=ノキシノブ葉裏の胞子嚢群(ソーラス)

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(↑上の写真)左=ベニシダ、中=ベニシダの葉裏のソーラス、右=ベニシダ特徴の小羽片