野楽力研究所

近くの自然で野楽力を高めましょう

都立神代植物公園・・・令和2年12月4日

 神代植物公園は、例年この時季、かえで園の紅葉が、青葉にも引き立てられ輝いています。数日後あたりが見ごろと思います。きょうは、天候と日射しの具合で、カメラでは満足できません。自分の目で見るのが一番と思います。

 山野草園ではシダ植物が見られます。大温室は、いつも花盛りです。今日の様子です。

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(↑上の写真)左=入ってすぐの女性像前の花壇、中=ツワブキ、右=リュウノウギク

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(↑上の写真)左=イチゴノキ、中=キミガヨラン(ユッカ)、右=ジュウガツザクラ

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(↑上の写真)=かえで園の紅葉

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(↑上の写真)=園内風景

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(↑上の写真)=イヌワラビ、中と右=オオハナワラビ、中=中央に立っているのは胞子葉、右=フユノハナワラビとの区別点はオオハナワラビでは細鋸歯がたくさん出ているところです。

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(↑上の写真)=ベニシダ、中=ベニシダの葉裏の胞子嚢の様子、右=ミゾシダ

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(↑上の写真)左=バラ園の眺め、中と右=バラ園のバラたち

(↓下の写真)=大温室の植物

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(↑上の写真)=いずれも大温室の花々。

 

 

都立滝山城址公園・・・令和2年12月3日

 滝山城は、北条氏照が拡張し居城としたところで、多摩川と秋川の合流点と加住丘陵という地の利によって守られてきました。しかし、川沿いは敵に攻められやすいということもあり、奥の八王子に城を移し、八王子城としたということです。その頃は背後の山に護られる所と考えられていたようですが、後に甲州街道になる山道が北条氏攻略のために内密に通され、為に北条氏は滅亡してしまいました。江戸時代は参勤交代の要路として整備され、八王子には警備のため千人同心が置かれたと聞いています。初冬に、そのような歴史のある滝山城址に植物観察に行きました。

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(↑上の写真)左=滝山城本丸址の碑、中=本丸があったといわれるところに建つ霞神社、右=由緒がありそうな中の丸に建つ、実は国民宿舎滝山荘の名残の建物

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(↑上の写真)どれも中の丸で見られた紅葉、中=紅葉の中に引橋があり、そこを渡ると本丸に出る

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(↑上の写真)左=ホシダ、中=フモトシダ、右=リョウメンシダ

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(↑上の写真)左と中=イワガネゼンマイと葉裏の並行な葉脈、右=ゼンマイ (ゼンマイは発条のことです。その板は絡まず並行になっています。イワガネゼンマイでは葉脈が並行ということで使われているようです。ゼンマイはこの時季枯れていますが、若芽は発条のようですね。)

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(↑上の写真)左と中=ベニシダと葉裏の胞子嚢(ソーラス)の様子、右=ヤブソテツ

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(↑上の写真)左=中の丸から見た多摩川、中と右=園路付近の自然の様子

 

高尾山(6号路を登り稲荷山コースを下る)・・・令和2年11月26日

 高尾山を訪れました。ケーブル乗車口や山頂に最後の紅葉が見られましたが、すっかり葉を落としている樹々が目立ちました。これからは、シダ観察が楽しみです。シダはいつでも観察できる興味尽きない植物です。4億年前恐竜以前の時代から存在し、地球の寒冷化と乾燥化にともなって小さくなったということです。6号路には高尾山のシダが集中して生えています。今日の様子です。(6号路は例年通り29日まで登りだけの一方通行です)

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(↑上の写真)ケーブルカー乗り場付近の紅葉の様子

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(↑上の写真)6号路の様子

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(↑上の写真)6号路琵琶滝と6号路周囲の様子

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(↑上の写真)左と中=高尾山頂の様子、右=もみじ台の様子

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(↑上の写真)左=シダの生える法面、中=ヤマイタチシダ、右=イノデ

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(↑上の写真)左=オオバノイノモトソウ、中=ジュウモンジシダ、右=リョウメンシダ

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(↑上の写真)いずれもベニシダ、左=ベニシダの葉、中=一番下の小羽片の形が特徴、右=葉身の裏の胞子嚢(ソーラス)の特徴あるつき方

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(↑上の写真)左=イワガネゼンマイ、中=イワガネゼンマイの羽片の葉脈、右=ミゾシダ

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(↑上の写真)左=フモトシダ、中=フモトシダの胞子嚢の特徴、右=ヤブソテツ

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(↑上の写真)左=ウラジロ、中=ウラジロの葉裏が本当に白い様子(ウラジロは稲荷山コースへ入ったところ)、右=オニヤブソテツ

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(↑上の写真)左=ホソバカナワラビ、中=ハカタシダ、右=ゲジゲジシダ

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(↑上の写真)左=ガマズミの実、中=ミヤマシキミの蕾、右=ミヤマシキミの実(ミヤマシキミは花と実が同時に見られます)



 

八王子市立片倉城跡公園・・・令和2年11月19日

 小春日和のいい天気に恵まれ、紅葉前線も里に下りてきました。ここは彫刻家北村西望氏の作品と北村西望賞を受賞した彫刻が展示されています。それらの作品がもみじの中で一段と力強く輝いています。時折吹く風に枯れ葉がはらはらと舞い落ち、秋の深まりを感じさせています。今日の様子です。

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(↑上の写真)散る寸前のもみじ

 紅葉の仕組みは葉に含まれるクロロフィル葉緑素)とカロチノイド、アントシアニンという三色素のバランスによるそうで、クロロフィルは緑色、カロチノイドは黄色、アントシアニンは赤色の素ということです。気温が低くなると光合成の働きが鈍くなり、緑色のクロロフィルは分解してなくなり、その下に隠れていた黄色のカロチノイドが表面に出てきて黄色くなるそうで、イチョウの葉など黄色くなる葉はその原理で黄色くなるわけです。赤色のアントシアニンは、葉にはもともと無いもので、光合成によってできた糖分が赤い色素アントシアニンに変化し、赤くなるということです。日光がよく当たる葉は、糖分が盛んに作られるので、秋晴れが続き急に冷え込む時には、作られた糖分が急激に分解され、紅葉が早くすすむとのことです。

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(↑上の写真)もみじに映える彫刻 中=北村西望氏作品「浦島長寿の舞」

 北村西望は、長崎平和公園に立つ「長崎平和記念像」(昭和30年完成)の制作者として有名ですが、長崎県出身ということでゆかりの地だったんですね。この平和像は、奇しくも武蔵野市の井之頭公園の中にある自身のアトリエで制作されたそうです。昭和50年代半ば、八王子市で「彫刻のある街づくり」が進められた際には、北村西望賞の受賞作品を野外展示する「彫刻公園構想」が進められ、北村西望ご本人がこの公園を非常に気に入られ、展示場所として自ら選定し、昭和57年に除幕したそうです。この公園に展示されている彫刻は、そのようなゆかりがあり、ゆかりを知るとさらに鑑賞に味わい深いものを感じますね。

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(↑上の写真)秋の様子  中=ナツヅタに彩られる水車小屋

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(↑上の写真)左=園内風景、中=池を覗くダイサギ、右=ハチオウジアザミ(八王子薊)アザミの新種

 ハチオウジアザミ(八王子薊)はキク科アザミ属。湿地に生える多年草。平成24年に新種として発表された多摩地域固有のアザミだそうです。上の写真は残っていた最後の花です。

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(↑上の写真)秋の実り 左=ピラカンサ、中=カラスウリ、右=ネムノキ

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(↑上の写真)秋の実り 左=センダン、中=ムク、右=コクサギ

 クサギ(小臭木)はミカン科コクサギ属。本州、四国、九州の山野の林下に生える落葉低木で、花は春に咲き、雌雄異株。和名のコクサギは、葉にクサギ(臭木)のような臭気のある小型の木の意味といわれます。この時季、薄黄色く色づいた葉を見るとその形から一見、コブシの葉のように見えます。それにしては木が小さく低木で、大きな花芽がなく、代わりに薄茶色の4つに分果した実がついており、よく見ると葉の付き方がコクサギ型葉序になっているので、コクサギと同定できました。なお、臭気のあるのはミカン科だからでしょうか。

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(↑上の写真)秋の実り 左=マユミ、中=ノササゲ、右=カシワバハグマ

 マユミ(真弓)はニシキギニシキギ属。別名ヤマニシキギ。沖縄を除く日本各地の山野に自生する落葉低木。図鑑によっては雌雄異株とし、雌木だけでも結実すると書いてあるものもあります。Web「NHKみんなの趣味の園芸」には「マユミは、雌雄異株とする情報もありますが、雌しべが短い花をつける個体があり、結実しにくい傾向があるだけなので、雌雄同株とするのが妥当です」とあります。名前の由来については、Web「植木ペディア」には、「枝には柔軟性があり、よくしなるので弓の材料になったことが縄文時代の遺跡によって証明されており、『真弓』と名付けられた」とあります。湯浅浩史文「花おりおり」には、詩人、村次郎の説が紹介されています。「丸く膨らんだ実は種子を包む。それが繭を思わせるので、「繭実」だというのである」と。それぞれ自分なりに名前の由来を創作して愉しむのもいいかも知れませんね。

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(↑上の写真)シダ各種 左=ベニシダ、中=イヌワラビ、右=ミゾシダ

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(↑上の写真)シダ各種 左=イノデ、中=ヤブソテツ、右=ヤマイタチシダ

 

武田信玄公菩提寺恵林寺・・・令和2年11月16日

 夢想国師鎌倉時代作庭の庭園があり、もみじが楽しみです。戦国時代に武田信玄公は快川国師を招き、恵林寺(えりんじ)を菩提寺としました。武田勝頼公は織田・徳川軍に攻められ天正十年三月田野(のちの景徳院)で自害して武田軍は滅亡しました。そのひと月後の四月に織田軍によって恵林寺は焼き討ちされ、灰燼に帰しました。その折、織田軍に屈服せず、火の中で快川国師は「心頭を滅却すれば、火も自ずから涼し」を遺偈とし、火定しました。その場所に徳川家康が三門(この門をくぐる時は、三つの解脱をしておかなければならない、ということで三門といわれます)を復興させたということです。そういう時代背景の中で、もみじの雰囲気に心静かに浸りたいと思います。

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(↑上の写真)左=三門

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(↑上の写真)左・中=夢想国師作庭の庭園

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山梨県立美術館・文学館の庭園・・・令和2年11月12日

 山梨県立美術館・文学館は広々とした広場にカエデをはじめ紅葉、黄葉する樹木が植栽されており、晩秋の青空に錦を織りなしていました。今年のもみじをご堪能ください。(写真をクリックすると拡大されます)

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(↑上の写真)左=ミレーの作品で有名な県立美術館

 山梨県立美術館は昭和53年に開館以来ミレーを売りにしています。「落穂ひろい 夏」は作品を時代背景から鑑賞すると、何度観ても感動します。1853年の作品ですが日本では嘉永6年、6月3日にぺリーが来ました。フランスは第二共和政で、政治は混とんとしていますが、この時は時流に乗り、彼の作品が共和国政府に買い上げられ、それを資金にバルビゾンに移住し、腰を落ち着けることができました。そこで描いたのが「落穂ひろい 夏」です。写実主義と言われますが、むしろ社会(主義)派と言いたいところです。落穂を拾っているのは、一階級上の農民が一階級下の農民(農奴です)のためにわざわざ落穂を残している、それを拾い集めている農奴の姿です。共和制になっても虐げられていた人々です。ミレーはそれを美しい画に描きました。

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(↑上の写真)左=文学館、林真理子展開催中

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都立小峰公園・・・令和2年11月11日

 小峰公園では、アズマヤマアザミ、ノハラアザミとその変種のクルマアザミが満開でした。特にクルマアザミは大きな見事な花です。リュウノウギク、シロヨメナとも白花ですが、枯れ葉の雰囲気の中で、立派に咲き誇っています。

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(↑上の写真)左=公園内谷戸の風景、中=ノハラアザミ、右=アズマヤマアザミ

 アズマヤマアザミ(東山薊)はキク科アザミ属。関東から中部地方の山地に生える多年草。頭花に花柄が無く、葉腋に直接頭花がつくので、花柄のある他のアザミとはすぐ区別がつきます。

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(↑上の写真)左と中=クルマアザミ、右=コウヤボウキ

 クルマアザミ(車薊)はキク科アザミ属。APG牧野植物図鑑によると「ノハラアザミの1奇型で、頭花の基部には多数の葉状総苞が放射状につく。高さ40~50㎝の多年草。この出現は一時的な変態現象で、毎年その株から一定して出てこない。茎は直立し、下半部に粗毛がある。根生葉は輪状になって花時にもある」とあります。多摩地域で見たのは初めてなので、葉状総苞という葉のようなものに車状に囲まれている大ぶりのアザミの花をすっかり見初めてしまいました。ノハラアザミの一時的な変態ということですが、園内のあちこちに多数見られましたので、変種として固定しだしたのではないかと思いますがいかがでしょうか。小峰公園のこの時季の売りにしたらどうでしょうか。

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(↑上の写真)左=キバナガンクビソウ、中=キバナアキギリ、右=ナンバンギセル

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(↑上の写真)左=ヌルデ、中=ワラビ、右=ゼンマイ

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(↑上の写真)左=リュウノウギク、中=シロヨメナ、右=リンドウ

リュウノウギク(竜脳菊)はキク科キク属。APG牧野植物図鑑によると福島県新潟県以西の本州、四国、宮崎県の日当たりの良い低山に生える多年草。和名は茎や葉に含まれる揮発油の香りが竜脳に似ていることに基づく、ということです。野生の菊の中では、特賞をあげたいです。今まで秋明菊と間違えた印象を持っていました。