野楽力研究所

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神代植物公園・・・令和6年2月24日

神代植物公園は、3月3日まで「梅まつり」3月9日から3月17日まで「椿ウィーク」ということです。そこで梅園、椿園をまず訪れ、それから自然観察、大温室を観賞しました。梅は満開でした。椿はその性質上、種類によっては終わりかけているものもあり、これからのものもあり、一斉ではないのもありで、あちこちでチラホラという感じでした。今日の様子です。

(↑上の写真)いずれも園内風景

【↓梅林にて】

(↑上の写真)左=梅林の様子、中と右=見驚(けんきょう)

(↑上の写真)左=薄色縮緬(うすいろちりめん)、中と右=白加賀(しろかが)

(↑上の写真)左と中=玉垣枝垂れ(たまがきしだれ)、右=紅千鳥(べにちどり)

(↑上の写真)いずれも紅千鳥(べにちどり)

【↓椿園にて】

(↑上の写真)左=獅子頭(ししがしら)、中=数寄屋(すきや)、右=通鳥(かよいどり)

(↑上の写真)左=飛竜(ひりゅう)、中=夕陽(せきよう)、右=曙(あけぼの)

(↑上の写真)左=花車(はなぐるま)、中と右=太郎冠者(たろうかじゃ)

 太郎冠者については、園内解説板によると「太郎冠者とは、狂言の役の一つで舞台に最初に出てきて口上を述べる役柄。このツバキは、他のツバキに先駆けて咲くことから、この名がついたといわれます。」とあります。Web:東京花散歩によると「(太郎冠者は)古くからある椿の園芸品種。中国から持ち込まれた椿の原種とヤブツバキの交配種ではないかといわれる。江戸では太郎冠者、京都では有楽椿と呼ばれた。有楽椿は、織田信長の弟で茶人でもあった織田有楽斎が、茶の湯の席に好んで用いたことに由来」とあります。澤田ふじ子著『木戸の椿』に「有楽椿は豊織時代、茶湯者として知られた織田有楽斎が愛でたことからこの名がつけられた銘木。江戸では太郎冠者と呼ばれている。京には、名所旧跡のほか、名刹が多くあり、椿の銘木を育てる環境が整っていた。天皇や公卿、茶湯者、歌人たちが、銘椿を見つけては雅びた名前を与えた。小式部、明月、井筒、熊谷など数え上げたらきりがないほどだ。」とあります。

(↑上の写真)左=銀竜(ぎんりゅう)、中=紅獅子(べにしし)、右=加茂本阿弥(かもほんあみ)

【↓梅林の奥のマンサク園にて、各種マンサク】

(↑上の写真)左と中=シナマンサク、右=オレンジビューティー

(↑上の写真)左=ルビーグロー、中と右=モリスパリダ

【↓大温室にて】

(↑上の写真)左=ベニヒモノキ、中=シロヒモノキ、右=ヒスイカズラ

【↓その他の園内の花々】

(↑上の写真)左=バイモ(貝母)、中と右=ユキワリイチゲ(雪割一華)

(↑上の写真)左=オニシバリ(鬼縛り)、中=アセビ(馬酔木赤花)、右=アセビ(馬酔木白花)

(↑上の写真)左=ミツマタ(三椏)、中=シキミ(樒)、右=オウバイモドキ(黄梅擬き)