中央本線塩山駅北西の乙女高原。「乙女高原ファンクラブ」がしっかり管理していますので、年々、山野草が充実してきました。ちょっと慣れないと不便な所なので、今日は訪れる人も無く、このすばらしいお花畑を満喫することができました。タムラソウは今季是非とも撮りたかった花です。
(上の写真)左と中=タムラソウ、右=ノハラアザミ
タムラソウ(田村草:キク科)の名前の由来は、どの図鑑も語源不明としています。別名玉箒は牧野植物図鑑では、枝が箒状になり、その先に丸い頭花がつくからであるとしています。しかし、タムラ(田村)とタマボウキ(玉箒)とくれば、能の演目「田村」に違いないと小生は思いますが、どうでしょうか。田村とは坂上田村麻呂であり、玉箒は坂上田村麻呂の化身である童子が田村堂の前を掃き清めるのに使っていた玉箒のこと。掃き清めているところに通りかかった僧が童子に話しかけ、田村堂の由来を聞き、祀られている坂上田村麻呂を供養します。すると、童子は坂上田村麻呂の化身であり、坂上田村麻呂の功績は仏力によるものだと述べるというあらすじです。タムラソウの花の形は、玉箒(タマバハキとも読み、コウヤボウキを指すことも)の形であり、アザミのようでありながら、棘がなく、悟りを開いた僧の掌のように柔らかいのです。なお、玉箒の読み方、使い方は諸説ありますが。
(上の写真)左=コウリンカ、中=アキカラマツの花、右=アキカラマツの実
(上の写真)左=キオン、中と右=ハンゴンソウ
ハンゴンソウ(反魂草)は、キク科。この反魂草から反魂香がつくられたら世の中変わったと思いますが、夢であるのがいいところです。源氏物語(総角)に(大君と中の君姉妹が亡くなった父宮に会いたいと思って)「昔、唐にあった、亡き人の魂を呼び戻すという反魂香を何とかして手に入れたいものと、お思いになります。」とあります。紫式部は、唐の詩人白楽天の「病気になった李夫人は、夫の前漢の武帝に、生前その顔を見せなかったが、武帝が霊薬の反魂香を焚くと、その煙の中に妙齢の李夫人の姿が現われた」という詩「李夫人」を知っていたということでしょう。こういう関係を知ると、自然観察としてハンゴンソウを見る目が変わってくると思います。
(上の写真)左=ゴマナの草姿、中=ゴマナの花、右=ツリガネニンジン
(上の写真)どれもマツムシソウ、左=つぼみ、中=花、右=実
(上の写真)左=カワラナデシコ、中=ノダケ、右=ハバヤマボクチ
(上の写真)左=アキノキリンソウ、中=ウスユキソウ、右=ヒメトラノオ
(上の写真)左=ヨツバヒヨドリ、中=マルバダケブキ、右=ガガイモ
(上の写真)左=ワレモコウ、中=ヤマハギ、右=乙女高原駐車場からの眺め