野楽力研究所

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つどいの里八ヶ岳自然園(山野草園)・・・令和4年5月30日

 東京近辺では春の花が終わり、夏の花が咲くまで梅雨時を迎えます。梅雨は、春の花にとっては花の後の種子づくり、夏の花にとっては体力を充実させるために大切な時期です。白樺湖手前、大門街道沿いにあるここ八ヶ岳山自然園も同じようで花の種類は少なったです。ここは標高1100~1200mですので、開花時期は、東京より一月ほど遅れるようです。今日の様子です。

(↑上の写真)左=自然園入口、中=ニッコウキスゲ、右=グンナイフウロ

 グンナイフウロ(郡内風露)はフウロソウ科フウロソウ属。APG牧野植物図鑑スタンダード版によれば、中部地方以北から北海道に分布し、山の草地に生える多年草、ということです。フウロソウは種名になると「フウロ」と呼ばれるようになります。飯沼慾斎著「草木図説」によると、フウロとは、風露(ふうろ)のことで、夏の朝に、朝霧が露(つゆ)になり、花について風に揺れる様子をたとえて風露草(ふうろそう)になった、とあります。中村浩著「植物名の由来」には、フウロソウに風露草の字を宛てたのは江戸時代のこと、とあります。現代に言うフロ(風炉、風呂)はフウロが詰まったものだそうで、フウロは四方の三方が塞がっていて一方が、焚口になる開口部になっているものをいうそうです。三方が森に囲まれて草刈り場になっているところ、そこを例えば駿河地方では「フウロ野」といい、入口に当たるところを「フロ口」といっていたそうです。そういう草刈り場に生えている草をフウロソウと呼んでいたのではないか、と著者は問題提起しています。グンナイフウロの「グンナイ」は郡内のことで山梨県北・南都留郡地方のこと。且て、武田勝頼公が落ち行く先として頼りにしていた郡内を支配していた小山田信茂に裏切られ、信玄公に象徴される武田氏が滅亡したのは郡内を追われた勝頼公が自害した天目山の麓の田野でしたね。

(↑上の写真)左=フタリシズカ、中と右=マムシグサ(紫褐色と緑色)

 マムシグサ(蝮草)はサトイモ科テンナンショウ属の多年草。北海道から九州にかけて分布し、山地や原野の湿った林床に生える。形状に変異が多い多年草で、成長すると高さは50 - 60センチメートルに達する。葉は2枚あり、楕円形の小葉が7枚から15枚つく。仏炎苞は紫褐色に近く、白線がある。なかには仏炎苞が緑色のものもあり、アオマムシグサまたはカントウマムシグサと呼ばれる。上の写真の右端のものが仏炎苞の緑のアオマムシグサといわれるもの。

(↑上の写真)左=アヤメ、中=ヤマブキソウ、右=サクラソウ

(↑上の写真)左=クリンソウ、中=ギョウジャニンニク、右=ギンラン

 ギョウジャニンニク(行者大蒜)はヒガンバナ科ネギ属。近畿地方以北、北海道、千島、サハリン、朝鮮半島中国東北部の温帯に分布、深山の林下に生える多年草。種子を播いてから4年目にようやく葉が1~3枚となり、花茎を伸ばすようになる。標準和名ギョウジャニンニクという名前の由来は、ニンニク(大蒜)のような強い香りと、山にこもる修験道の行者が荒行の合間にこれを食べて体力を保持したからとも、逆にこれを食べると滋養がつきすぎて修行にならないため、食べることを禁じられたからとも言われている。(「APG牧野植物図鑑スタンダード版」、「ウィキペディア」を参照、翻案)

(↑上の写真)左=ヒレアザミ、中=ジシバリ(葉の形が丸型)、右=(参考)オオジシバリ(葉の形がへら形)

 ヒレアザミ(翼薊)はキク科ヒレアザミ属。ヨーロッパから東アジアの暖帯から温帯に広く分布し、日本では本州から九州の原野に生える越年生。日本には、古く大陸から渡来したと考えられている。既に、江戸時代から知られており、道端、畦畔、荒れ地、河原の土堤などに生えている。花は、普通は紅紫色をしているが、時に白いものもある。茎は直立し、分岐があり高さ70~100cm、縦に2条の著しいヒレ(翼)があり、ヒレには鋸歯があって先は鋭い刺となる。葉は互生、長さ5~30cm、不規則に羽状に裂け、縁に多くの刺がある。下面は白色の絡み合った毛に被われるが、後に毛は疎らになる。(主に「APG牧野植物図鑑スタンダード版」、山渓カラー名鑑「日本の野草」、「日本帰化植物写真図鑑」などを参照、翻案。)

(↑上の写真)左=左側がハルジオン(葉柄が無く茎に抱きつく感じ)、右側がヒメジョオン(葉柄があり、茎とキョリをおく)、中=ヘビイチゴ、右=園内の大岩(悲しみの人面岩と名づけたい)

(↑上の写真)左=クマノミズキ、中=クサソテツ(コゴミ)、右=ハリガネワラビ