山梨県田野の錦繍も終わりかけた中、景徳院を訪ねました。この寺は、武田勝頼公一族の霊を弔うためにに、徳川家康が寄進したものと言われます。織田・徳川連合軍との戦で勝頼公は新府城を放棄して、家臣の小山田信茂を頼りましたが、裏切られ田野において自害したものです。境内には、勝頼公と夫人の生害石や墓地が保存されています。周囲の甲斐の山々は陽に映えて名残の錦繍が輝いていました。今日の様子です。
(↑上の写真)左=景徳院総門、中=山門、右=本堂
(↑上の写真)左=鐘撞堂、中=勝頼公の生害石、右=夫人の生害石
(↓下の写真)景徳院周囲の山々の名残の錦繍